亡き祖母との思い出

2013-10-25

先週の日曜日に祖母が息を引き取りました。102歳の大往生でした。
こんな私的な事をブログに書くべきではないとも思いましたが、自分にとってもかなり影響の大きな人であり・出来事だったので書いてみることにしました。

体調を崩してから入院していたのでいつその時がきてもおかしくないと言われていました。当初2ヶ月もつかどうかといわれていたところ3ヶ月ももちこたえ、少し前まで自分で食事をとるなど回復の兆しも見せていたというから大したおばあちゃんです。

明治44年生まれの祖母は、ボクが産まれた年に共働きの両親の子育ての手伝いのために青森県弘前市からやってきました。ボクが大学を卒業し就職で家を出るまで同居していたので3兄弟の中でもボクが一番長い時間を一緒に過ごしたと言えます。

カトリックの信者であった祖母は毎週日曜日のミサに参加するため教会に通っていました。はじめは電車で通っていましたが足を悪くしてからは両親のどちらかが送り迎えをし、実家から大学に通っていたボクが運転免許を取ると教会への送り迎えはボクの担当になりました。大学卒業直前の2月にボクと相方は親族と友人を呼んでささやかな結婚式を上げましたが、偶然にもその日は祖母の誕生日でした。お世話になった感謝の意味も込めサプライズでお花を用意したのですが、その前に親友の言葉で不覚にも泣かされてしまっていたボクは何をしゃべったのか覚えておらず、恐らく涙を増量させただけだったのだと思います。

祖母はボランティアの人で、多くの募金・献金をしていました。その中でも思い出深いのが、点字翻訳ボランティアの点訳機の音です。少し調べてみるとライトブレーラー(通称カニタイプ)と呼ばれる特殊なタイプライターのようなもので点字を打ち込むのですが、カチャカチャという打ち込み音と、恐らく基準となる文字数で鳴るチーンというベル音が心地よく、おばあちゃんの部屋で寝転びながら点訳機をBGMに本を読むのが好きでした。

大らかでお茶目な祖母は、誰からも好かれ周りを楽しくさせる人です。そんな素晴らしい人であっても近くにいる時はありがたみが分からないものです。健康にいいからと祖母が勧めてくるドクダミ茶やなますが大嫌いでかなり文句を言いました。ボクが物を大事にしないと戦前の満州での貧しい暮らしのことや、募金を続けていたフィリピンやアフリカの貧困の話になりこれにも強く反発しました(ここはアフリカじゃないとか戦時中じゃないとかなんとか...ありそうな話です)。

ただ、祖母は自分のためではなく常に他人のために行動していました。
祖母は何度かセールスから高級な布団や栄養剤などを購入していました。家族が聞く限りは押し売りに近い手口だったので、何度もクーリングオフを勧めたりしましたが、その事実がわかったとしても「買うとその人が助かるというから」という理由で解約しませんでした。また、置き薬のセールスにやってきたある若者は何やら長々と話し込んだあと薬を売らずに帰っていき、その後も祖母と話をするためだけに何度か訪ねてきました。誰かれ構わずやさしく接する祖母に、下心のある人であっても絆されてしまう何かがあったんだろうなと思います。

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弘前で祖母が通っていた教会で葬儀は行われました。教会に少し早く到着し控室で親族としゃべっていると神父さんがポンポンとボクの肩を叩き「ちょっと手伝って」と声をかけられました。何か重いものでも移動させるのかと思いましたが、思いがけず分厚い聖書を手渡され、式の途中で聖書の1節を朗読してもらうから練習しましょうと言われました。意味が分からないながらも生返事をすると礼拝堂に連れていかれ、前の教壇(というのでしょうか?)に立ってマイクを前に1回通して朗読しました。はじめ「もう少し大きな声で」と言われましたが最後まで読むと「パーフェクト!」と言って褒めてもらいました。

教会式の手順を知らないので、色々な人が前にでて朗読したりする参加型の式なのかとも思いましたが、控室に戻るとどうやら神父さん以外で壇上に上がるのはボク一人!?名前も間柄も知らないボクに声をかけた神父さんに対し、母が「祖母に一番世話になったんですよ。一番相応しいと思います」と伝えると、神父さんは「神の思し召しですよ」とニヤリ。おいおい冗談だろと思いながら、神も仏も信じていないボクでもブルっと震えるものがありました。そんなこんなで本番でもなんとか朗読の大役を務め上げました。復唱する間も緊張する間もありませんでしたが、ミスは冒頭に1回噛んだだけだったかと。子どもの絵本の読み聞かせとかやってると知らない文章でも意外と読めたりするものです。いや、それは関係ないか。

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花が大好きで実家の周りにはパンジーやサルビアが綺麗に咲いていたことを思い出します。そんな、祖母の葬儀では明るく鮮やかな花々がたくさん並び、悲しみよりも幸せな気持ちが沸き起こるような雰囲気でした。台風の心配もあるような状況で気持ちのよい秋晴れの日にお見送りすることができて本当に良かった。

祖母のような寛大な人間には到底なれなそうな気がしていますが、自己中心的になりがちな自分にとって彼女の考え方や行いは最も尊い教えです。

おばあちゃん、安らかにお休みください。

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